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広島高等裁判所岡山支部 昭和48年(ネ)71号 判決

第一審原告 河内睦男

第一審被告 国

訴訟代理人 加藤堅 南葉克己 小島正義 有元孝 ほか三名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  第一審被告は第一審原告に対し三〇六万九、四〇九円及びこれに対する昭和四四年一一月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告のその余の請求を棄却する。

二  第一審原告のその余の控訴及び第一審被告の控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を第一審原告の、その一を第一審被告の各負担とする。

事実

第一審原告(以下原告という)は「原判決を次のとおり変更する。第一審被告(以下被告という)は原告に対し七四〇万円及びこれに対する昭和四四年一一月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被告の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決を求め、被告代理人は「原判決中被告の敗訴部分を取り消す。原告の請求を棄却する。原告の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は次のとおり訂正、

付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  (訂正付加事項略)

二  被告代理人の陳述

1  林野保健所の医師に過失がなかつたことにつき次のとおり補足する。

当時、林野保健所は岡山県英田郡と勝田郡を所轄し、医師三名によつて保健所法所定の業務が行われていた。同保健所においても、レントゲン発生装置は鮮明な画像が得がたい最も原始的な無整流式であり、使用したフイルムは三五ミリ有孔判であつて、実効面積は二四ミリ×二四ミリという小型であつた。読影については三回に一回位の割合で大病院や県庁で当時における最新の読影に関する講習を受けながら、多くの場合同保健所の医師一名によつて一度に五〇〇枚ないし六〇〇枚、多いときは一、〇〇〇枚位のフイルムが読影されていた。フイルムの読影所要時間は一枚を二秒ないし三秒と見てどんどん読み流し、その中から異常所見のあるフイルムをチエツクするというものであつた。したがつて、一般的にいつて、原告の如き異常所見を戴然と発見し得るほどに前記医師の読影能力は熟していなかつたのである。

2  原告は出張旅費、超過勤務手当相当額四〇万三、七五五円を本件損害額に加算する旨主張するが、出張旅費及び超過勤務手当は出張、超過勤務の必要が生じ、旅行命令(国家公務員等の旅費に関する法律四条)及び超過勤務命令(一般職の職員の給与に関する法律一六条、人事院規則一五一、一〇条)が発せられた場合に、当該勤務の実費もしくは報酬として支給されるものであり、原告主張の期間に勤務していたら当然に取得し得たであろう利益とは考えられないから、損害賠償の対象となるものではない。

3  消滅時効の抗弁につき、かりに昭和三五年九月一〇日ころの時効完成が認められないとすれば、被告は次のとおり主張する。すなわち、原告は再度の療養を終えた昭和三六年六月二五日以前に甲第一号証の二のフイルムを見て陰影を発見していたのであるから、本件損害賠償債権は遅くとも右日時から三年を経過した昭和三九年六月二五日ころ時効により消滅した。

4  過失相殺

原告は昭和二七年当時から体調の不調を自覚し、この不調が肺結核の罹患によるものではないかとつねづね憂えていたところ、右疑いを深めながらも、医師の診断を求めるでもなく、片道一六キロメートルの自転車通勤を続け、日曜日や祭日には約一町歩の田の耕作に従事していた。これらのことが、原告の症状悪化の一因をなしたものというべきであるから、本件損害額の算定に当り、原告の右落度が斟酌されるべきである。

5  原告の民法七一五条の主張に対しては、被告は当該公務員の選任監督を怠らなかつたものであるから、被告は同条但書により免責されるべきである。

三  原告の陳述

1  消滅時効の付加的事実を否認する。

2  過失相殺の主張は争う。

原告は昭和二八年の本件定期検診によつて本件胸部疾患が発見されるまで、全く右罹患の自覚症状もなく、当時体重七五キログラムの頑健体とみなされていたのであるから、片道一六キロメートルの自転車通勤をし、農繁期の日曜祭日に数日農作業の手伝に従事したからといつて、これを原告の落度とすることは失当である。なお、原告は昭和二七年の定期検診直後ころ、自転車から落ちて胸部を打つた際、肺結核罹患のおそれもあつたので、開業村医にレントゲン撮影を求めたところ、同医師は税務署の定期検診もあつたことだし、費用もかかるから、その必要もあるまいとして撮影をしてくれなかつた実情にある。

3  被告が当該公務員の選任監督を怠らなかつたとの事実は否認する。

四  証拠〈省略〉

理由

一  原告の本訴請求に対する当裁判所の認定判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、こを引用する。

1  (付加事項略)

2  同一五枚目裏九行目の「その病状は」から同一二行目末尾までを次のとおり改める。

「その病状は、右肺の初期の肺浸潤ないし限局巣状肺結核で、原告が当時直ちに休養、通院治療等を施せば、半年ないし一年ほどの早期に治癒し得たはずのものであつた。」

3  同一五枚目裏一三行目の「ところで、」の次から次行の「あつたことは事実であるが」までを、「レントゲンの間接撮影による健康診断はいわゆる集団検診の特性からして、病巣の位置及び大小、フイルムの影像精度、読影の制限時間、担当医師の読影能力等の相関において、ある程度の読影過誤は避けられないことがうかがわれ、本件においても、被告主張の如き読影の障害となりうる諸事情があったことは認められるところであるが、右の事情を考慮しても、同第一号証の二のフイルムの陰影は」に改め、同一六枚目表九行目の「証人野村」の次に「、当審証人浜田豊」を付加する。

4  (訂正事項略)

5  同二一枚目裏九行目の次に「なおここで、国は国家公務員に対し、その公務遂行のための場所、施設若しくは器具等の設置管理又はその遂行する公務の管理にあたつて、国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負うとする見解(最高裁判所昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決)が参照されるべきであろう。」を付加する。

6  同二三枚目表八行目の「それが」を「〈証拠省略〉、弁論の全趣旨によれば、原告は右復職時完治していたものではなく、要軽業の指示のもとに、復職したものであるところ、右再度の療養が、」に改める。

7  (訂正事項略)

8  同二五枚目表二行目の次に左のとおり付加する。

「原告は、出張旅費及び超過勤務手当四〇万三、七五五円相当額の損害を主張するけれども、出張及び超過勤務はその必要の都度命令権者の裁量においてその人選及び勤務内容が指示されるものであることからすると、かりに原告が通常の健康体であつたにしても、果して原告がその主張する期間、その主張する担任に変動がなく、かつ原告に対し出張及び超過勤務の指示があり、原告においてその主張する額の手当ないしは報酬が得られたかにつき、本件全証拠によるもたやすくこれを認めるに足る資料に乏しいというべきであるから、右主張は失当である。

以上のほか、給与の差額等財産上の損害につき、他にこれを認めるに足る証拠はない。」

9  同二五枚目表五行目の「消滅した、」の次に「仮りに右主張が認められないとすれば、昭和三九年六月二九日ころには消滅した」を、同九行目の「この認定を動かすに足る証拠はない。」の前に「〈証拠省略〉をもつても右認定を左右するに足らず、他に」を、同二五枚目裏九行目の次に「なお、原告は原審における本人尋問において、昭和二八年三月下旬ないし四月ころ、同僚の植月一市及び綱沢初子から被告側に加害の事実があることを聞かされた旨供述し、〈証拠省略〉中には一部右供述に副う部分があるけれども、右供述及び証言等は〈証拠省略〉に照らしてとうてい措信しがたい。」をそれぞれ付加する。

10  同二六枚目表一一行目の「昭和二七、八年当時、原告は」を「〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告はかつて湿性肋膜炎の病歴を有するものであるところ、昭和二七年の本件定期検診直後ころ、自転車から落ちて胸部を打つたが、そのころ体のだるさを覚えていたうえ、かねがね右疾病の罹患をおそれていたので、開業村医に診察を受けたものの、レントゲン撮影までしてもらえなかつたため、体調の不調を覚えながらも、そのまま放置し、」を付加し、裏一行目の「原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨とから」及び同裏一二、一三行をいずれも削り、同裏六行目の「昭和二七年の」から同八行目末尾までを「昭和二七年の定期検診時における原告の前記症状、当時における右定期検診の重大性、被告の過失の程度態様等」に改める。

11  (訂正事項略)

二  以上によれば、被告は原告に対し、三〇六万九、四〇九円及びこれに対する弁済期経過後であることが明らかな昭和四四年一一月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三  よつて、右と結論を一部異にする原判決を右の趣旨に変更することとし、原告のその余の控訴及び被告の控訴はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤宏 山下進 篠原真之)

別紙〈省略〉

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